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ポップス黄金時代~ Popular Hit Parade ~

1950年代から現代までの、洋楽ポップス・ヒストリーを華やかに彩った偉大なるアーティスト達と、その時代に輝く名曲の数々を辿って参ります。
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1957年に「白いスポーツ・コート」をポップス・チャートでヒットさせたマーティ・ロビンスは、元々はカントリー&ウエスタンの世界で活躍して来たシンガーです。

その彼の決定的なヒット曲が1959年にリリースされた「エル・パソ」で、この曲は翌1960年の初頭に見事チャートNo.1を獲得するという大ヒットとなっています。

当時、通常のポップスは曲のラップが2分台というのが常識、という中で、この「エル・パソ」は何と4分22秒もの大作でした。
それでもNo.1ソングとなっているのですが、それは、この曲がいわゆるガン・ファイターの物語風にストーリー展開しているという内容になっていて、そこが面白かったのでしょうね。

テキサスの西のはずれ、エル・パソという町で、フェリーナというメキシコ娘に恋をしたガンマンが、その娘をものにするために男を撃ち殺してしまう、そして逃亡生活に入る、という事でその顛末が歌われているのですが、これは日本で言う所の講談的な面白さがヒットした理由ではないでしょうか。

後に、パットー・ブーンやブラザーズ・フォアもこの「エル・パソ」をカバーしてアルバムに収録していまして、それぞれのバージョンもなかなか出来が良いので、ぜひ一度聞いて頂きたいですね。


「エル・パソ」~オリジナル音源


「エル・パソ」~TV映像より、やはりライブはいいですねえ!

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ジョニー・ホートンは、テキサス生まれのカントリー&ウエスタン・シンガー。

その彼が1959年にリリースした「ニューオーリンズの戦い(Battle Of New Orleans)」は、彼の初めてのヒット・シングルでしたが、たちまち全米No.1となり、またミリオンセラーにもなるという大ヒット曲でした。

この曲はC&W系の曲ながら、当時のポップス・チャートで6週連続No.1となったのですから、いかに売れ行きが爆発的だったかが良く分かります。

またこの曲は、この年のグラミー賞のカントリー&ウエスタン部門の最優秀パフォーマンス賞、そしてソング・オブ・ジ・イヤーにも輝くという快挙を成し遂げたのでした。

元々はアメリカのトラディショナルな曲「1月8日」をアレンジしたもので、米英戦争の中で1815年の1月8日にニューオーリンズで英国軍を打ち破ったという内容の戦記ソングです。

当時、この曲は日本でもかなりのヒットを記録していますが、その訳は、歌詞の内容というよりも独特の調子の良い曲調にあったのではないかと思われます。


「ニューオーリンズの戦い」~当時のTVショーより



アメリカの歴史の中で長年に渡り愛されて来た伝統的な音楽/カントリー&ウエスタンを忘れてはいけません。

元々は古い民謡を生ギターやバンジョーなどを演奏しながら歌い継いで行ったものが、長い年月の間にジャンルとしてすっかり定着したものだと思います。
アメリカではグラミー賞にしっかりとカントリー&ウエスタン部門というものがあるのですからね。

ただ最近はカントリーという音楽が時代の流れから取り残されつつある様な印象があります。
やはりブーム再興にはロックンロールの世界でのエルビス・プレスリーの様な、センセーションを巻き起こすビッグスターの出現を待つしかないのでしょうか。

'50年代に活躍していたソニー・ジェームスは、若きカントリー&ウエスタン・シンガーで、彼の代表曲が1957年に大ヒットした「ヤング・ラブ」です。
これはもう日本でもすっかりおなじみの曲になっていましてその当時、生ギターを弾きながら「ヤングラ~ブ」と歌ってた若者が沢山いましたね。

歌詞の内容も、「清く美しい真実の初恋を僕は見つけた」という優しく初々しいもので、これならどこのお茶の間でも好まれる、というものでした。
俳優のタブ・ハンターも同じ年にカバーしてリリースしており、こちらもヒットを記録しています。


「ヤング・ラブ」~当時のモノクロTV映像より



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