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ポップス黄金時代~ Popular Hit Parade ~

1950年代から現代までの、洋楽ポップス・ヒストリーを華やかに彩った偉大なるアーティスト達と、その時代に輝く名曲の数々を辿って参ります。
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最近では音楽ファンの間でも余り語られる事が無くなったイージー・リスニングというジャンルですが、1960年代には大いにもてはやされており、様々な楽団のインストものがヒットチャートを賑わせておりました。

その中でパーシーフェイスと並んで2大巨頭に挙げられるのがビリー・ボーン。

1960年のイギリス映画「恐怖のサーカス」の主題曲「星を求めて(Look For A Star)」のカバー・バージョンも、イントロのギターのミュート・アルペジョが聞こえて来た瞬間からもうすっかりおなじみ、と言えるサウンドになっています。

この曲はメロディがとにかく奇麗な楽曲ですから、前半のストリングスのメロディを聞いてるだけで気持ちがスーッと落ち着くのが分かりますね。

この「星を求めて(Look For A Star)」のヒットでもう一つ、ゲーリー・マイルスのボーカル・バージョンもあります。

やはり人の声という個性は強いもので、インストゥルメンタルと歌もので印象がこれだけ違うんですね。


「星を求めて(Look For A Star)」~ビリー・ボーン楽団

「星を求めて(Look For A Star)」~ゲーリー・マイルス


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故郷に帰ると、誰もがホッとするもの。

この「マイ・ホーム・タウン」はポール・アンカがアメリカの芸能界で成功した後でカナダのオタワに帰郷した時に出来た曲だそうです。

明るく爽やかな曲調で、はつらつと自分のホーム・タウンの事を歌っています。
愛だの恋だのという内容とは違い、肩の力を抜いて「故郷はいいもんだ」と歌っています。

楽曲としてもなかなかのすぐれもので、ポールアンカがまた新たな一面を見せてくれた曲でもありますね。


「マイ・ホーム・タウン」~オリジナル音源

デビュー曲の強烈な印象から「ダイナマイト娘」というニックネームのついたブレンダ・リーのイメージをがらっと変えて見事、当時のアメリカのヒット・チャートの一位を獲得したのがこの1960年のヒット曲「I'm Sorry」でした。

それまではパンチの効いた歌いっぷりで、はちきれんばかりのティーンエイジャー・シンガーだった彼女が、こんなにもしっとりとバラードを歌い上げるとは・・・

この見事な歌唱力はこれまた大いなる驚きで当時、多くの人々を唸らせてしまいました。

彼女の卓越した歌いっぷりをじっくりと味わって下さい。


「I'm Sorry」~当時のTV映像より

「I'm Sorry」~’80年代のライブ映像より

1960年代に入ると、アメリカではロックンロールという音楽の初期の過激さはすっかり影を潜め、明るく健康的でリズミックなポップスというパターンでポピュラーヒットパレード界にすっかり定着しています。

この時期、10代の青春シンガー達はこぞって’健康的な’ロックンロール・ナンバーのシングルを数多くリリースしており、後にきちんとした歌唱力で実力派の仲間入りを果たすシンガーも居ます。

ボビー・ライデルもその一人でしょう。

彼が10代の終りにヒットさせた「スウィンギング・スクール」という曲、学校がスイングするという歌ですが、リズムはスイングではなく軽いタッチのロックンロール・ナンバーで、とにかく軽快に且つ明るくという、この頃の典型的なヒット狙いのナンバーです。


「スウィンギング・スクール」~オリジナル音源

「I Dig Girl」~当時の人気音楽番組「ロックンロール・バンドスタンド」の1シーンでしょうか。

ジミー・ジョーンズの最大のヒット曲「グッド・タイミング」は、1960年にヒットしたアメリカン・ポップスの中でも特に日本人に取って印象に残る1曲でしょう。

これは、1回聞いただけでそのフレーズが頭に残って離れないという、ヒット曲にとって大事な要素を持っている曲で、とにかく良く出来ているのに感心します。

曲が始まると、特に歌い出しの部分、♪ア、ティカ、ティカ、ティカ、トゥー、ユー、タイミン、ターガ、ターガ、ターガ、ターガ♪というのが自然に口から出て来るオールド・ファンは沢山いらっしゃるのではないでしょうか。

ジミー・ジョーンズの名前は、この曲だけで一生ものです。

オリジナルの方もさる事ながら、日本では特に「九ちゃん」こと「坂本 九」の初期のカバーヒットとして当時からすっかりおなじみになっている曲ですから、ジミー・ジョーンズのオリジナル・バージョンよりも九ちゃんのもんだ、という方も多くいらっしゃるでしょう。

まるでオリジナル・ヒット曲の様に、九ちゃんの個性的な声にピッタリとはまってる曲ですものね。


「グッド・タイミング」~ジミー・ジョーンズのオリジナル・バージョン

「グッド・タイミング」~坂本 九のカバー・バージョン



1960年に入るとプレスリーは目出たく除隊し、それから即、レコーディングされて放ったヒット曲がこの「Stuck On You」でした。

当時、ロックンロール・キングと言われていたプレスリーの現場復帰を多くの熱狂的なファンがよっぽど待ち望んでいたのでしょう、当時の予約だけでミリオンセラーを達成するという記録的な数字を残しています。

ブルース・コード進行を基調としたミディアムテンポのシャッフルビートの曲で、「All Shook Up」と同系統の曲ですが、こういうタイプの曲を歌うプレスリーは本当にかっこいいですねえ。

所でこの「Stuck On You」、「本命はお前だ」という邦題が付いていますが、これも時代を感じさせますね。




キングストン・トリオにより口火が切られたモダン・フォーク・ブームにまた1つ、ブームの主役となるグループの登場です。
1960年の春、シングル「グリーンフィールズ」で、ワシントン大学出身の男性4名のフォーク・グループ「ブラザーズ・フォア」が鮮烈なデビューを飾っています。

この「グリーンフィールズ」は、全米のヒットチャートでNo.1にはなれませんでしたが、2位を4週続けるというかなりのヒットとなりました。

アコースティックギターのシンプルなアルペジョで始まり、静かに歌い出すブラ・フォー4人。
彼らの人気が決定的になった瞬間でした。

これ以降、彼らはポピュラー寄りのフォーク・グループとして、特に全米の大学で高い人気を誇っており、アメリカのカレッジ・フォークの元祖とも言われています。

この曲は元々、ウイーバーズ出身のテリー・ギルキーソンのグループ「イージーライダーズ」のオリジナルとしてギルキーソンと2人のメンバーにより作られたものです。

ブラザーズ・フォアで大ヒットしてからは、本家よりもブラ・フォー・バージョンの方がすっかりメジャーになってしまいました。

デビューしたこの1960年の末には、ジョン・ウエイン主演の西部劇映画の大作「遥かなるアラモ」の主題歌「遥かなるアラモ/The Green Leaves Of Summer」もリリースしてヒットさせています。

これ以降、ブラ・フォーの若々しいイメージの代名詞として「グリ-ン」という言葉が良く使われる様になっています。


「グリーンフィールズ」~オリジナル音源


「グルーンフィールズ」~2002年のライブ映像より/オリジナルメンバーは2人。


「遥かなるアラモ」~2002年のライブ映像より


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